思い出に還る海


信恵「あたし更衣室で着替えてくるから後よろしくな」
雅博「あ、うん、いってらっしゃい」

信恵は水着の入ったバッグを持って海の家の方へと歩いていきました。
その後姿を見守る雅博に、美羽が話しかけてきました。

美羽「ねえお兄ちゃんは着替えないの?」
雅博「え? ああ、今着替えるよ」

そう言うと雅博はバッグの中から水着を取り出しました。
この間買ったばかりの新しい水着です。
イルカの描かれた青いハーフパンツタイプの水着です。

美羽「おお〜、お兄ちゃんの水着派手だな〜」
雅博「そうかな? 今日のために新しいの買ったんだ」
千佳「お兄ちゃんもやっぱ今日楽しみだったんだ?」
雅博「うん、まあね〜」
美羽「そんなことよりお兄ちゃん早く着替えちゃえよ」
雅博「あ、うん、じゃあ向こう向いててね」
美羽「何でだよ〜、しっかり見ててやるから大丈夫だよ」
雅博「何でやねん…いいから向こう向いてる!」
美羽「はいはい」

雅博が腰にタオルを巻き、着替えを始めました。
その間は、みんな見ないようにしてくれています。
美羽も茉莉ちゃんも、もう浮き輪を持って準備完了のようです。
茉莉ちゃんの浮き輪は、信姉が膨らませてあげました。
泳ぐのが大の苦手な茉莉ちゃんには、やっぱり浮き輪が無いとダメなのです。
そして、4人が楽しそうにお喋りしてる中雅博は着替え終わりました。

雅博「お待たせ、着替え終わったよ」
千佳「あ〜、お兄ちゃん、なんかカッコイイね〜」
茉莉「ホントだ……なんか大人って感じ…」
アナ「お兄さまカッコイイですわ〜」
雅博「そ、そっかな…?」
千佳「うん! なんかサーファーみた〜い」
美羽「オタのくせに一丁前だな」
雅博「何だよそれ……」

雅博の格好にみんな見とれている間に、信恵が着替えから戻ってきました。

信恵「戻ったぞ〜」
美羽「よ〜し、それじゃあ行こうぜ〜!」
茉莉「うん!」
千佳「おー!」
アナ「はい!」

4人ははしゃぎながら走っていきました。
その4人の後姿を見て雅博と信姉は笑いながらついていきました。
雅博の手には水中眼鏡とシュノーケル。
これも今日の為に買い揃えておいたのです。
白い砂浜に打ち寄せる波は、とても穏やかでした。
海に入りもうはしゃいでいる4人。
雅博はゆくりと海の中へ入っていきました。
と、足を踏み入れた瞬間体を貫くような冷たさが伝わってきました。

雅博「うわっ! 冷たっ!!」
千佳「お兄ちゃん、入っちゃえばそんなに冷たくないよ〜」
雅博「う、うん……」

雅博が冷たがっていると、いきなり美羽が水をかけてきました。

美羽「お兄ちゃん、どうだどうだ!」
雅博「うわっ! や、やめてよ!」
美羽「ほれほれ〜!」
雅博「ちょっ! や、やめろって…!」
信恵「おい美羽、やめてやれ」
美羽「ちぇっ、分かったよ〜」
雅博「はぁ助かった……ありがとね」
信恵「いや、どういたしまして」

みんなの顔には笑顔が咲いていました。
海の中でバシャバシャやってる女の子たち。
雅博も水中眼鏡をセットし、いざ水の中へ。
水はやっぱり冷たいけれど、入ってしまえばどうってことはありませんでした。
海の中は、海水浴客が多い所為か濁っていました。
底の砂が舞い上がり、水を濁していたのです。
けれども水中に浮かんでいると、嫌なこともすっかり忘れられました。
水面に漂う木の葉のように、プカプカと浮かぶ。
近くで聴こえる千佳たちの黄色い声。
遠くで聴こえる波の音。
水中で聴こえるパチパチという海の音。
全ての音が、雅博の心を癒していました。
海に還るような、そんな不思議な感覚に雅博はしばらく身を任せていました。
雅博がいい気持ちになっていると、女の子たちの声が聞こえてきました。

千佳「そうそう、そのままバタ足を続けて」
茉莉「んっん〜…」
アナ「茉莉さん、頑張ってください!」
茉莉「ん……あ〜、も、もうダメ……」
美羽「何だよ〜、茉莉ちゃん全然泳げないじゃんかよ〜」
千佳「だから練習してるんでしょ」
アナ「そうですわ、茉莉さんも頑張ってるんですから」
信恵「浮き輪つけてるとは言え、ここまで泳げるようになったのは大したもんだよ」

みんな茉莉ちゃんの泳ぎの練習を見てあげているようです。
茉莉ちゃんのバタ足の音が、水中を通して聴こえてきます。
ぎこちないリズムの中、雅博は心の中で応援していました。

 しばらく水面に浮かんでいると、背中が焼けているのが分かりました。
強い日差しで、もう既にヒリヒリしてきました。
プカプカ浮いていた雅博はその場に立ち上がりました。
顔を上げると茉莉ちゃんの泳ぎの練習が丁度終わった所でした。

千佳「じゃあこれくらいにしておこっか」
茉莉「うん…」
アナ「茉莉さんよく頑張りましたわ〜」
信恵「うん、結構バタ足の形もしっかりしてきたし」
雅博「へぇ〜、茉莉ちゃん、頑張ってるんだね〜」
千佳「あ、お兄ちゃん!」
美羽「どうだった? あっちの世界は?」
雅博「あ、あっちの世界…?」

雅博は美羽の言葉にたじたじでした。
夏の太陽は、もう真上近くにまで来ていました。

 それからしばらくのことです。
泳ぐのに飽きた美羽が言いました。

美羽「ねぇ、あっちに岩場があるから行ってみようよ?」
千佳「え?」
雅博「ホントだ。 あんまり人もいないね」
美羽「でしょ? ここも飽きたから行こうよ!」
信恵「うん、じゃ行ってみよっか。 茉莉ちゃんたちはどうする?」
茉莉「えと…私はもうちょっと泳げるように練習したいな…」
アナ「じゃ私も茉莉さんの練習を手伝いますわ」
信恵「あたしはこの2人を見てるよ」
千佳「お兄ちゃんは?」
雅博「じゃ僕も岩場のほう行くよ」
信恵「そっか。 じゃあ千佳たち頼むな」
雅博「うん、任せといて」

雅博は信姉に頼りにされていることが嬉しかったようです。
3人を残して雅博たちは一度海から上がると岩場のほうへ歩いていきました。
その岩場には、ゴツゴツした岩がたくさんありました。
砂浜に比べ、波も少し荒いようです。
岩のくぼみに残されたカニや小魚たちが、逃げていきます。
この辺りには、誰もいませんでした。
遠く、カラフルなパラソルと海ではしゃぐ子供たちが見えます。
3人は無人島に上陸した気分になっていました。

千佳「ここ、誰もいないね…」
雅博「うん。 僕らだけの無人島って感じだね」
美羽「あ〜、今お兄ちゃん、いやらしいこと考えたでしょ?」
雅博「な、何言ってるの…そんなことはありません!」
美羽「はいはい、分かりましたよ」

美羽は意地悪い顔をしました。
雅博の心はお見通し、とでも言う顔です。
雅博はそんな美羽の前では強く出ることが出来ないのでした。

千佳「あっ! お兄ちゃん、おっきいカニがいるよ〜!」
雅博「あ、本当だ、かなり大きいね〜」

千佳は楽しそうに言いました。
雅博はそんな無邪気な千佳がまるで本当の妹のように感じられました。
着飾ること無くスクール水着を着ている千佳。
自然体のその彼女に、雅博は思いを寄せているのです。
妹のようでありながら、愛する恋人でもある。
そんな違和感をも雅博は楽しんでいるのです。
高くなった陽光が、岩のくぼみの水面に映った千佳の顔をキラキラと照らしていました…。


      前へ  一覧  次へ

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送