夕陽の商店街


俺たちはとりあえず来た道を戻ってみることにした。
俺が無言で歩いていると少女が話しかけてきた。

少女「そういえばまだ名前聞いてなかったね」

たいやきの袋を大事そうに両手で抱えて聞いてくる。

祐一「俺の名前か? そんな名乗るほどの者じゃあない」

俺はこの少女をからかってやろうと思って言った。

少女「……それもそうだね」
祐一「…って、同意するなよ…」

少女は俺の冗談を真に受けてしまったようだ。
どうもイマイチボケが冴えなかったので仕方なく俺は名を名乗った。

祐一「俺は相沢祐一だ」

俺の名前を聞くなり少女はキョトンとした顔をして言った。

少女「あれ? ……祐一くん?」
祐一「何だ? どうした? 俺の名前にケチつけるのか?」
少女「ううん…ちょっと……どこかで…」
祐一「?」

少女の言ってることが良く分からなかった。
暫く微妙な雰囲気が漂う中、少女は今度は笑顔で言った。

あゆ「んとね、ボクはあゆだよ」
祐一「あゆ? 苗字は?」
あゆ「……」

あゆと名乗った少女は苗字は言わなかった。
言いたくないのだろうか。
言いたくないのであれば無理に聞く必要は無い。

祐一「まあ言いたくなければ言わなくてもいい」
あゆ「……それじゃあたいやき食べるよ…」
祐一「…いやどうしてそうなるんだよ」
あゆ「たいやきは温かいうちに食べたほうが美味しいんだよ」
祐一「それは金を払って買ったやつの言うセリフだ」

さっきまで苗字を聞かれて何故か神妙な面持ちだったあゆは、一転して笑みがこぼれる。
この少女はどうやら感情の起伏が激しいタイプらしい。
あゆは嬉しそうに紙袋からたいやきを一つ取り出すとパクパクと頬張った。

祐一「美味いか?」
あゆ「うん、美味しいよ。 キミも食べる?」
祐一「……遠慮しとく…」

金の払っていないたいやきを貰う程俺は愚かではない。
俺も罪を共有することになり兼ねない。
あゆは歩きながら本当に美味そうにたいやきを食べている。

あゆ「んぐんぐ……あ〜美味しい〜」
祐一「それは良かったな」

二人、商店街を目指して歩く。
この道が正しいかどうかは分からない。
ただ商店街のメイン通りに辿り着けそうな道を微かな記憶を頼りに進む。

祐一「ところで一つ聞いていいか?」
あゆ「うん、いいよ」

俺は最初に会った時から気になっていたことを聞いた。

祐一「その背中の羽は何だ?」
あゆ「…はね?」

あゆが自分の背中を確認しようとその場でクルクル回る。

あゆ「はねー、はねー」
祐一「……おい、首だけ回してみろ」
あゆ「…え?」

……最初会った時から思っていたが、この少女は変だ。
頭が悪いのか、あるいはわざと演じているのか。
どちらにせよ普通でないことは間違いない。

あゆ「あ、ホントだ、はねがあるよ〜」
祐一「それは何だ? 何でそんなものをつけてるんだ?」
あゆ「これは流行ってるんだよ〜」
祐一「流行ってる? まあ最近は変なものが流行っているんだな」

まあ流行りなんてのはそんなものかもしれない。
あゆの背中の羽は背負っているリュックにくっついているらしい。
俺はこの少女がなんだか面白いのでもう一つ聞いてみた。

祐一「お前はこの辺に住んでるのか?」

俺の不意の問に、3個目のたいやきを頬張っていたあゆがボケッとした顔を向けてくる。

あゆ「え? ボク? うん、この町に住んでるんだよ」
祐一「そうか。 俺も昨日からこの町で暮らすことになったんだ」
あゆ「…昨日から?」
祐一「ああ。 実は7年前までこの町に住んでいたんだがまた戻ってきたって訳だ」
あゆ「…そうなんだ…」

あゆは俺から目を反らし、どこか遠くを見つめて言う。
俺の方もなんだか知らないが不思議ないい気分になったので自分の身の上を進んで話した。
普段自分から進んで身の上話をすることはない。
これもこの不思議な少女の力だろうか。


と、話をしているうちに見覚えのある場所に出た。
どうやら商店街に出れたようだ。
奇蹟が起こったのだ。

祐一「運良く着いたな」
あゆ「うん、良かったね」
祐一「それじゃあここでお別れだな」
あゆ「そうだね」

商店街のメインストリートで別れる。
あゆは改めて俺に面と向かうと、別れの挨拶を交わした。

あゆ「それじゃあ、ボクはこっちだから。 バイバイ〜」
祐一「ああ。 たいやきの金、ちゃんと払うんだぞ」

そして少女は西日の商店街の奥へと消えていった。
俺は名雪を別れた場所へ戻る。


名雪「うそつき……」

……最悪だった…。
名雪は完全にご立腹した様子で、ここで待っていなかった俺を無視している。
冬の早い帳(とばり)のように、俺の心も寒かった…。



        

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