遠く、山の向こうの空は、晴れているようだった。
この分なら暫くすれば雨も上がるだろう。
トタンに打ち付ける雨音も、少し和らいだように思える。
静かな時間が、何とも心地よい。
このまま、眠ってしまうのもいいかもしれない…。
冗談交じりに一人そう思っていると、少女が静かに口を開いた。

『あの……外の人…ですよね?』

外……その言葉に、一瞬何のことか分からなかった。
俺を見つめる、少女の瞳から、俺はその答えを見つけ出した。

『あ、うん、ちょっと調査でこの辺りに来てるんだ』

俺の言葉に、少女は些か怪訝そうな表情を見せた。
調査というのにピンと来ないのだろう。
特別機密事項でもないので、場を繋ぐ為にも俺は話し出した。

『えっと、俺は正岡照彦、今大学で民俗学を専攻しててそれでこの辺りに伝わる伝承を調べに車で来た、ってとこだな』

見知らぬ少女に、自分の名前まで言ってしまった自分の軽率さを少し反省した。
しかし俺の話がよく分からなかったのか、少女は目の前を通り過ぎる雨蛙に目を移した。

『私は美代……澪ちゃんを待ってるの……』

少女は、どうやらここで友達を待ってるらしい。

『そうなんだ…お友達、早く来るといいね』
『はい……』

少女は、初めての笑みを見せた。
にこっと笑ったその少女に、俺は妙な感覚に襲われた。
少女の笑顔が、このバス停には不釣合いに思える、そんな感覚。
向こうの田んぼに消えていく雨蛙を、少女はじっと見つめていた…。



バスは、来なかった。
少女が待っていた友達も、来なかった。
来たのは、すっきり晴れ上がった、雨上がりの景色だった。
田んぼがキラキラ光り、空気もキラキラ輝いていた。
先ほどの雨がウソのような、綺麗な蒼穹。
矢那沢と書かれた古びたバス停が、初秋の風に吹かれて小さく揺れている。
時は来た。
俺は待合椅子から立ち上がると、大きく伸びをする。
そして、少女に別れの挨拶。

『じゃあ、縁があったらまたどこかで』
『はい、楽しみに待ってます』

少女は、二回目の笑顔を見せてくれた。
九月六日、俺は矢那沢村へと再び向かった……。


               


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