聞きなれた音楽が、部屋の方で聞こえている。
幻聴かとも思ったが、其れは違うようだった。
朦朧とする意識の中、水面から聞こえる音。
徐に水らか顔を上げ、暫し呆然とする。
その音は、ずっと消えること無く、真っ暗な部屋で鳴り響いている。
無意識に誘われるように、俺は水から顔を上げていた。
びっしょりと濡れた顔を拭くことなく、おの音源へと向かう。
頭はもう働いていない。
体が無意識に、反射的に動いていた。
そして、その音源を手に取り、小さな釦を押した。

母さんからだった…。
ほぼ三ヶ月ぶりの母親の声。
俺を心配して、電話してきたのだという。
俺は泣いていた。
母さんに気づかれないように、泣いていた。
優しいその声と、心配する母親のやさしさ。
運命的とも思えるそのキズナに、俺は命を救われた。
ほんの数分の繋がりが、俺の運命を変えた。
失敗したっていいじゃないか、今が辛くたって必ずいいことはある。
生きている限り、春は必ず訪れる。
何の根拠も無いが、母さんの声で、俺は変われる気がした。
根拠の無い自信でも、今の俺には心強かった。
もう死ぬ必要もない。
護るべきものも、俺にはあるのだから。
俺はカーテンを開け、夜の東京の空気を吸い込んだ。
案外、このニオイ好きかも。

             

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