その日の夜、僕は久しぶりの母親の手料理を食べた。
こんなご馳走は久しぶりだ。
鶏のから揚げやエビフライ、寿司と贅を尽くした手料理の数々。
僕にとってはその豪勢さよりも母親の味がとても嬉しかった。
懐かしい母親の味。
父親も交え、三人での久々の食事は、楽しかった。
近況を伝え、少し安心したような両親の顔に、僕は感謝の気持ちを抱いていた。
ありがとう……それを口に出来ないまま、僕は風呂場へと向かった。

 湯船の中で、僕は一人考えていた。
何するにも不自由のない僕の人生。
経済的にも、家庭環境的にも、不自由は無い。
でも、何か不自由を感じるのは気のせいではない。
過保護と言っても良いほど大切に育てられた僕。
一人息子だからだろうか。
世間から見ればマザコンに属されるかもしれない。
マザコン……か…。
実際そうかもしれない。
でも、それでもいい。
僕は僕なりに生きている。
親に依存とか、そういうのでは無い。
親の干渉するシガラミから逃れられない自分は、籠の中の小鳥でしかないのだから。

 風呂から上がり、洗面所で体を拭いていると、横に光るものが見えた。
果物ナイフ。
母親がここで洗おうとして、忘れてそのままになってるのだろう。
こういう物を見ると、人を刺したらどうなるのか…そう考えることがある。
母親も……例外ではなかった。
決して実行はしないけれど、もし親が、母親がいなかったら僕はどうなるのだろう。
そう考える自分が、怖かった……。
母親の苦痛にもがき苦しむ姿を想像してしまう自分が、嫌いだった……。
僕は母親の温もりを断ち切るように、リンゴの皮のついたままのナイフを、風呂場の排水溝の奥底へと放り投げた。
風呂場を出た僕を呼ぶ母親の元へ行くと、僕は皿に盛られたリンゴを一つ、齧った。

             

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