黒松懺悔

 南房総をぐるりと巡る一帯に、黒松の見事な景色があることを山寺の和尚に聞いてやってきた。
十日もの長旅で身体も銭も極まって、漸く辿り着いたその黒松の汀に寝転ぶように身体を横たえた。
刹那に風や波濤の音、そして海鳥の鳴き声が聞こえてくる。
そんな平安な景色を耳で聞いているとふと急激に恐怖が訪れた。
腰に据えていた瓢箪にも、もう水は入っていない。
食料になりそうなものと言えば先の茶屋で買った栗餅ぐらいである。
銭も底を尽き、愈々飢えは避けられない。
どうしたものかと汀を歩いていると一人の小さな童がどこからともなく寄って来た。
山の出で立ちをしている俺を珍しがっているのだろうか。
少し離れた処から俺を覗き込むようにしてずっと見続けている。
俺は腹が減って気が立っていたこともあり、少しばかり脅かしてやろうと思い立った。
「やい小僧、俺を見るのは構わんがその代わり食い物をよこせ」
俺の恐喝に動じたのか、童は酷く怯えた様子で何やら言っている。
その声は波に掻き消されよく聞き取れないが、どうやら謝っているらしい。
謝られても俺もどうしたものか、俺は唯食い物が欲しいだけなのだ。
そして童は愈々泣き出した。
今度は波にも勝る大声でわんわんと泣き出した。
泣かれては厄介なものである。
この小僧の母親がどこから飛んでくるやもしれん。
そうなれば村中の男達が無頼者の俺をここぞとばかりに囃し立て兼ねない。
さすればもうこの小僧には関わらない方がいい。
俺は小僧の母親が来る前に一目散に黒松の汀を後にした。

             次の頁
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送