ほうっという風鳴りの後に、またあのわらべ歌が聴こえてきた。
今度は耳元で囁くように歌う声。
俺は勢いよく振り向いたが誰も居ない。
雨上がりの湿った空気で、カマイタチが空を切っていた。
俺は恐ろしくなった。
脳を侵されるように、悲しげな旋律が繰り返される。
反芻する旋律に、俺は走り出していた。
朽ち果てた鳥居を潜り、元来た路を引き返そうとした。
が、そこにはあり得ない現実があった…。
少女が一人、俺の目の前に立っていた…。
紅い着物を身に纏った、小学生くらいの少女。
現代の小学生とはどこか違った風貌と、そのオーラ。
俺は刹那にして少女はもうこの世の人間では無いことを察った。
笑みを湛えた少女は、ゆっくり口を開いて件のわらべ歌を歌い始めた。
お池に白べべほうやれほ
今宵はどべ飲めうれしやす
この世の人間では無いモノを見たのはこれが初めてだった。
でも不思議と恐怖心は無かった。
どこか安心できる、安らぐ感じすらしたのは不思議だった。
少女は俺の前で何度か歌っていた。
俺が歌を覚えるまで…。
でも俺には分からなかった。
この少女が何を言いたかったのか。
そして何故こんなところで俺を待っていたのか。
百数十年という時間を、待ち続けていたのか。
そして少女が歌っていた歌詞の真意は何なのか。
俺は空に溶けていった少女に合掌し、この地を去った。
その後、俺は大学で民俗学を専攻するようになった。
あの時の少女に導かれるように…。
俺は正岡照彦、この春、大学を卒業した…。
終
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