栂の杜

 声が聞こえる……
どこか懐かしいわらべ歌の旋律……。
翠の森へ誘われるように、俺は足を踏み入れていた。
山道だったのか、細い赤土の路の向こうには、朽ち果てた朱い鳥居。
あちこち苔生した朱い鳥居に、永久の時を経た風な注連縄が垂れ下がっていた。
鳥居に近づくにつれ、歌う声は大きくなってきた。

  お池に白べべほうやれほ
   今宵はどべ飲めうれしやす

朧げだったその歌詞も、はっきりと聴こえる。
どこか悲しげな旋律に、どこか憂いの含まれた歌詞。
一体このわらべ歌は何なのか、そして誰が歌っているのか。
俺の好奇心は既に駆り立てられていた。
半ば駆け足で赤土の路を行くと、朽ち果てた鳥居の前までやってきた。
誰も居ない。
先ほどまで聴こえていた歌声も聞こえない。
鬱蒼とした木々の下にひっそりと佇む小さな社殿。
神社だろうか…。
しんと静まり返った森の中を、ざわざわっと青い風が吹き抜けていった。
刹那、俺を襲ったこの上ない孤独感。
何処までも続く、ブナやツガの翠の森。
人の声も、生き物の声も聴こえない。
ただ、風と葉の鳴る音だけが聴こえている。
永久の時間が、ここには流れているようだった。
でも昔はここにも誰か人が足を運んでいたのだろう。
けれどもそれも今から百年以上も前であるのは間違いない。
全くと言って良いほど人気の無かったこの森。
噂を耳にし、興味本位で訪れてみた。
けれども、何かこの森はおかしい。
それが何かは分からないが、尋常じゃない何かがある気がするのである。
そして俺はそっと朽ちかけの社の段に腰を下ろした。

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