すっかり萎れていた紗枝は、暫く竹藪に来ることは無かった。
けれどもこの日、丁度母のお遣いで偶然竹藪の前を通り掛った。
神社の前に来ると、忘れかけていた記憶が甦った。
紗枝は胸をドキドキさせながら、例の竹藪の地面を覗き込んだ。
すると、青竹が蕭然と聳立する中、小さく土がこんもりしているのが見えた。
そして紗枝は夢中になって柵を越え、掘り返してみた。
姿を現したのは未だ土の中で萌える前の筍であった。
紗枝はもう胸が一杯だった。
新しいお友達は、今にも土から外へ出ようとしている。
紗枝は優しく土をかぶせてあげた。
そして紗枝は、躍るようにして家に帰って行った。

 次の日、学校が終わると紗枝は一目散に竹藪に来ていた。
昨日の筍はもう頭を出し、皮の色がはっきり見えるようになっていた。
紗枝は「ほらないで」と蚯蚓文字で書いた白紙をその筍の頭に貼り付けた。
そして暫くそこでお友達と心の中で会話を愉しんでいたのだった。

 それからは毎日、紗枝は嬉しそうな顔をしていた。
掘り起こされた筍の生まれ変わりだと思って、その新しい筍をいつも見守っていた。
雨の日も、風の強い日も、紗枝はいつまでも筍を見届けていた。
愛犬を可愛がる飼い主のように、我が子の成長を見守る母のように。
そしてその筍は、いつしか紗枝の背の高さを越えるまでにも成長した。
頭に張ってあった願い紙も、いつしか無くなっていた。
紗枝の気持ちが伝わったのか、掘り起こされることは無かったのだ。
そしてその筍は何枚も皮を脱ぎ、凛々しい青竹に成長していった。
その姿をいつまでも、紗枝は見届けていった。

 それから五年の歳月が流れ、紗枝は小学校を卒業した。
あの青竹の下には、今年も筍が頭に白い紙をつけていた。
そこには整った文字で「ありがとう」と書かれていた…。

             

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