私には恋人がいた。
結婚をも考えていた程、想い入れていた人だった。
けれども、彼は私が思っていた程強い男ではなかった…。

 その日、休日のデートを楽しんでいる時だった。
突然、彼の携帯電話が鳴った。
それは彼の母の訃報を告げる電話だった…。
彼の母は、肺の悪性腫瘍、つまり癌に侵されていた。
長い闘病も報われずに、亡くなってしまった。
私はこの時、初めて彼の母の病気を知った。
そして病院へ行った彼は、変わり果てた母の姿を見るなり泣き崩れた。
彼の唯一の肉親だった母。
彼には、その存在は余りにも大きかったというのは、私も実は分かっていた。
そしてその次の日……彼は自ら命を絶った…。
母の後を追うように…。
私は彼の母を越えることが出来なかったことが悔しかった…。

 暫く歩くと、町並みはがらりと変わった。
そこには廉い造りの陋屋が並ぶ、野卑な町並みだった。
広葉樹林や竹林の合間に、顔を見せる茅茨の家屋。
その寂しさは、私の心まで淋しくさせた。
そして自然と流れ出た涙は、私の頬を優しく撫でた。
遠くで啼く不如帰の声は、どこか悲しげだった。
空と空気が爽やかで、竹林の香りが鼻をくすぐる。
私の訪れたこの街。
そこには優しさ、嬉しさ、そして悲しさがあった…。
私は昼前に、この街を後にした…。

             

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          * * *

    後書

慰安のために一人旅に出た女性を主人公にした作品。
主人公を通して見た風景や町並みで、陰と陽を表現しました。
大切な人を失った主人公が見た景色は、どんな風に見えているのか。
その辺りは読み手の想像にお任せ。
それに合わせて、あえて難解な表現を駆使してみました。
難解な語句により、一層陰と陽のメリハリをつける狙いで。
でも余りにも難解にしすぎたため、注釈も入れるという初の試みも。
陰と陽が、この作品のメインテーマです。
最後の一文の後、主人公がどうなったのかも、読み手次第です。


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