鎮守の杜には、既に大勢の人で賑わっていた。
といっても、小さな町の小さな夏祭り。
いるのは殆ど知っている人ばかりだった。
境内の階段を登ると、有紀は心を躍らせて駆けて行った。
僕は慌てて有紀を追いかける。
拝殿横の広場には高く櫓が組まれている。
その周りには町内会の役員が準備で忙しそうにしていた。
全部で十店程の夜店が並び、普段静かな境内を彩っている。
電飾が煌めき、辺りをいい匂いが包んでいた。
有紀は大好きな金魚の前でしゃがみ込んでいる。
「有紀、一回やるかい?」
僕は小銭を取り出すと、有紀に渡しす。
有紀はこれまた嬉しそうに笑顔で答えた。

 モナカが柔らかかったからか、有紀が下手だったからか、金魚は一匹も掬えなかった。
けれども、おまけで一匹貰うと、有紀は例の笑顔で微笑んだ。
左手に金魚を持ち、右手で僕の手を握る有紀。
提灯と夜店の電飾で彩られた暗い鎮守の杜の中で、僕達は絆を確認した。
その脆く壊れそうな細い有紀の手は、僕の心をどこか淋しくさせた。
陽が落ちかけ、些か寒さも感じられる涼しい杜の空気は、僕の心を更に淋しくさせた。
今日という日が終われば、現実が待っている。
辛い、一人暮らしの変化の無い憂鬱な日々が。
今、この時を大切にすることが、僕にとっても、有紀にとっても最高の贅沢である。
僕の左手には、リンゴ飴を舐める有紀の手がある。
そう、僕には有紀がいる、今も、昔も、そして…これからも……。
そしてついに、夕陽は沈んだ…。

             

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           ※ ※ ※


   後書

 昔書いていた長編小説、不変の杜という作品があるのですが。
これはそのデータが無くなってしまった後に書いた作品です。
一番のお気に入りの作品が消えたのは大変ショックでした(泣)
不変の杜を一から書きなおすのは大変なのでその一部を再現しました。
ヘタレ主人公が妹の有紀と過ごす楽しいひと時。
夏の縁日という特別な日に見せる妹の幸せそうな顔。
その顔に見出す未来とは……。
鎮守の杜、お祭り、浴衣、ヒグラシ……。
日本の夏の、美しさを表現したキレイな作品に仕上げてみましたが、いかがでしょうか。


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