涼夏

 八月の半ば。
日本中がお盆を迎え、魂の降臨を迎えたこの日。
僕の町では、夏祭りが開かれる。
時刻は午後五時過ぎ、陽も傾き始め、夕刻が迫る時分である。
夕涼みには、丁度いい時刻だ。
僕は表へ出ると、待ちに待った夏祭りに備えていた。
縁側では、風鈴の柔らかな音色の元に、妹の有紀が浴衣の帯を祖母に締めてもらっている。
白く、淡い水色が涼しげな浴衣。
僕はその年の離れた妹の浴衣姿に、すっかり気をとられてしまっていた。
嬉しそうに笑顔で両手を広げ、帯を巻いてもらっている有紀。
光沢を発する程綺麗な黒髪が、優しく浴衣の背を擦っている。
僕はそのひとひらの花弁を、和やかに見守っていた…。

 陽も沈み始め、そろそろ辺りが帳に包まれる頃。
僕達は農道を歩いて鎮守の杜へと向かっていた。
蜩が、遠く近く、カナカナカナと鳴いている。
有紀は、田圃脇の薄を一本折るとそれを持って歩く。
毎年の、夏のこの行事は、僕達兄妹の最大の楽しみでもある。
遠く農道の先に見える鎮守の杜。
小さな山のようでもあり、楽しい想い出の詰まった僕の大切な場所。
田圃の蛙や山際の鴉、そして鎮守の杜の蜩が、僕達を誘っていた。
茜色の空に染められた有紀の浴衣は、朱くなって乾いた空気に溶け込んでいた。
季節は夏、残暑厳しい初秋の前の哀愁の季節。
僕は有紀の手を引いて、遠くに見える想い出の杜へと向かった…。

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