乾坤ノ刻(参)

 「あの……あなたは…?」
闇夜で聞こえる少女の声。
八角村を駆ける俺達は、煌々と照る月に後押しされていた。
「俺は酉竈村の与一郎、あんたをさらいに来た」
俺の言葉に、走りながらにっこり笑みを浮かべる少女。
赤い瞳のその笑みは、俺にはとても痛くて見ていられなかった。
「ありがとう……与一郎さん…」
そしてその後は無言のまま、俺達は村の入口に着いた。
が、然し、その村の入口には松明の光が灯っていたのである。
誰かがいる…。
俺達は近くの茂みに身を隠し、様子を伺った。
すると数人の男達の声が聞こえてきた。
「ああ、どうやら逃げたらしい」
「錠を掛けてあったというに、如何にして逃げたものやら」
「まだ遠くへは行っていない筈だ、捜すぞ」
男達は松明を持ち、村の奥へと消えていった。
俺達の物音を聞きつけたのか、見張りらしき男達が先回りしていたのだ。
入口を封鎖するとは、手が早い。
俺達は茂みの中で困り果てていた。
入口には男が一人残っている。
ここで出て行けば見つかってしまうことは避けられない。
「この村の出口は他に無いのか?」
俺は茂みの虫達に紛れて少女に問う。
「周りは全て高い塀で囲まれております。 だから出口はここしか…」
俺は思わず舌打ちしてしまった。
もう逃げ場は無い、ということか…。
見張りの男が見せる一瞬の間隙を縫って逃げるしかなさそうである。
初秋の晩、男と少女は青い月の下固い絆で結ばれていた。

             報告書(四)
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