乾坤ノ刻(弐)

 あれから五日の時が経った。
俺は丑ノ刻前に、八角村へと来ていた。
この村でも儀式は明日、執り行われる。
虫の声だけが寂しく鳴く村の中を、俺は息を潜めて探っていた。
儀式の生贄となる少女を捜して。
恐らく八角村の神社、因波神社の地下牢にいるであろう。
幸いにも神社には人の気配が無かった。
儀式が行われるまでの七日間、少女達はこの地下牢に匿われる。
月明かりだけが静かに差し込むこの冷たい地下牢に。
俺は錠の掛かった本殿の扉を、静かに開ける。
金属錠でなかったのが幸いし、俺は何とか錠を開けることが出来た。
暗闇が支配していた本殿は、怖い程に寒かった。
晩秋の寒さとは思えないこの冷え具合に、俺は心細くなっていた。
俺がこうして忍び込んでいることがばれたらどうなるのかは想像に難くない。
本殿の扉を閉めると、手に提げていた行灯に火を点した。
刹那、本殿の神鏡の祀られた祭壇の隅に置かれた煌びやかな駕籠が目に入る。
俺はそっと足を忍ばせ、地下牢へ続く階段を下っていった。

 葦で編まれたむしろの上に、精気の抜けた少女が一人。
歳の頃は十三というところだろうか。
寝ているのか、俯いたまま動く気配が無い。
俺は少女に声を掛けた。
最初は動かなかったものの、何度か声を掛けるうちに静かに顔を上げた。
涙が枯れるまで泣いていたのだろう。
真っ赤に腫れ上がった目は、縋る様に俺を見据えていた。
その瞬間、絶望に満ちた瞳から、一矢の希望を見出せたのは気のせいではないだろう。
俺は、何も言わずに少女の腕を掴み、その場を後にした。

             乾坤ノ刻(参)
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