ふたりの進水式


4月の終わり。
桜もすっかり散ってそろそろ初夏の気配が訪れる頃。
オシャレを決めた千佳は雅博の家へ向かって歩いていました。
いつもの慣れた道が、違って見えることに千佳はうきうきしていました。
そして雅博のアパートの前までやって来ました。
身だしなみを整え、そして呼び鈴を鳴らしました。

雅博「あ、千佳ちゃん、いらっしゃ〜い」
千佳「ちょっと早く来ちゃった…」
雅博「全然平気だよ、僕も1時間も前からずっと待ってたんだ」

雅博は笑顔で千佳を迎えていました。
雅博もこの1週間千佳に会いたくてたまらなかったのです。
時刻は9時半。
予定時刻より30分早かったけれど、2人はそれだけ早く会いたかったようです。

千佳「なんか会うの久しぶりだね」
雅博「そうだね。 でもまだ1週間なんだよね。 もう1ヶ月くらい会ってなかった感じ…」
千佳「でもメールとかしてたからそれもあんま気にならなかったよね」
雅博「うん。 千佳ちゃんからメール来るたび胸がドキドキしてたんだよ」
千佳「え…メールで…? そうなんだ…」

千佳は笑っていました。
この笑顔を見るのも、実に1週間ぶりです。
雅博の顔は終止にやけたままでした。
それから暫く、2人は学校でのこととかテレビの話とかで盛り上がりました。
そして……

雅博「あ、そうだ、佐鳴湖行ってみない?」
千佳「え、佐鳴湖? 歩いて?」
雅博「うん、たまには一緒に歩いてデートってのもいいかな〜って」
千佳「あ、いいかも〜」
雅博「それで歩いてお昼頃までに着けば佐鳴湖近くでお昼食べられるしね」
千佳「お兄ちゃんその辺の美味しい店知ってるの?」
雅博「ううん……知らない…(笑)」
千佳「そ、そうなんだ……」
雅博「じゃあとりあえず行こっか?」
千佳「うん!」

そして2人は心を躍らせて日差し麗らかな春の空気の下に飛び出していきました。
いつもの住宅街を抜けるまで、2人は自然と手をつないで歩いていました。
何気ない触れ合い。
雅博は幸せを改めて噛み締めていたのです。


 それから1時間後…。
楽しくお喋りしながら歩いていると、佐鳴湖の近くまでやってきました。

千佳「あ〜、やっとここまで来たね〜」
雅博「うん、なんか運動不足でもう足が痛くなってきた…」
千佳「えっ! お兄ちゃん大丈夫…?」
雅博「う、うん……なんか情けないなぁ……千佳ちゃんは全然平気だっていうのに…」
千佳「うん……確かにちょっとお兄ちゃん情けないかも……」
雅博「えっ!? ……千佳ちゃん…?」
千佳「あ、う、ウソだよ…ウソ……」
雅博「なんだもう、びっくりさせないでよ…千佳ちゃんに嫌われちゃったかと思ったよ…」

雅博は安堵したように言いました。
この程度のことで嫌いになったりすることは普通はありません。
雅博はそう考えることも出来ないくらいに嬉しさで頭がいっぱいなのでした。

千佳「大丈夫だよ、そんなことぐらいで嫌いになったりしないよ」
雅博「うぅ……千佳ちゃん…ありがとう!」
千佳「きゃっ! ちょ、ちょっとお兄ちゃん、こんなとこでやめてよ…」

雅博は千佳に抱きついていました。
感情を抑えられなくて、つい抱きついてしまったのです。
でもここは人通りの多い通り。
通行人が何人か雅博たちの方を見ていたのです。

雅博「ゴメン…千佳ちゃん……。 じゃあ気を取り直して湖の周りを散歩しよ」
千佳「あ、うん、いいね〜」

気を取り直し、2人は湖畔の散策道を歩いていきました。
見れば湖面に浮かぶ貸しボートが数隻。
雅博はこれだ!と思いました。
デートにぴったりな貸しボート。
これを使わない手はありません。
雅博は千佳にいいところを見せようと奮迅していました。

雅博「ねえ千佳ちゃん、ボート乗ってみない?」
美羽「え、ボート?」
雅博「うん。 あそこに貸しボート屋さんがあるからそこで借りるの」
千佳「あ、なんか面白そう! 乗ってみた〜い!」
雅博「うん! じゃあ行こ!」

雅博は千佳の手をとり、貸しボート屋に向かって歩き出しました。
湖畔に広がる草花。
色鮮やかな花に、豊かな緑が雅博の目を楽しませていました。
そんな一瞬一瞬が、雅博にとっては宝物なのです。
そして貸しボート屋にやって来ました。
雅博がお金を払い、2人で乗り込みました。
千佳をエスコートする雅博の手が、彼女にとってはとても頼もしく見えるのでした。
幸せの意味をやっと理解できた雅博の自然に差し出された手。
その温かさを、実感する千佳。
そんな2人が乗ったボートは、今進水するのでした…。


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