闇の森の扉


 彼女とのドライブの帰り道。
俺は彼女の家へ車を走らせていた。
今日は富士五湖巡りということで帰りは青木樹海を通る国道139号線を走っていた。
ここは言わずと知れた心霊現象多発地帯である。
ここで人生に終止符を打つ者もあとを絶たない。
時刻は夜11時を回っている。
富士五湖全てを回ったので、もうすっかり遅くなってしまった。
辺りを走る車はまばらで、時々姿を見せる街灯が心強かった…。

彼女「ねぇこの辺ってさ、霊とか出るんでしょ…?」

彼女は不安そうに俺に聞いてくる。

俺「そうらしいな。 でもまあ霊なんているわけないけどな」
彼女「やだ…怖いよ……他の道から行けないの…?」
俺「高速乗るからこの道しか無いんだよ」
彼女「そんな……」
俺「大丈夫、俺がついてるさ」
彼女「……うん」

彼女がいる手前、俺も怖いなんて言ってはいられない。
俺が霊の存在も信じてるなんて言っても、彼女が怖がるだけだ。
カーステレオから流れるロックが、怖さを半減させてくれている。
俺はドキドキしながら運転をしていた。

そして暫く行くと、後ろから後続車がやってきた。
対向車も、後続車も今まで全然居なかった。
その後続車のヘッドライトは、なんとも心強い。
俺は心の中で安堵して、スピードを上げた。
一刻も早くこんな所から抜け出したい、そう思って思い切り飛ばした。

彼女「ね、ねぇ……ちょっと速くない?」
俺「大丈夫だよこれくらい、70キロしか出てないぜ?」
彼女「でもここ、50キロ規制でしょ?」
俺「そんなの守ってる奴いないって」
彼女「でも……」

彼女は両脇を真っ暗な森に囲まれた狭い道を超過速で走ってるのが怖いようだ。
まあこんな所では警察に捕まることも無いだろう。
そう思って俺はスピードを上げていた。

俺「ほら見てみろ、後ろの車もスピード上げてきたぜ」
彼女「うん…でもやっぱりちょっと速すぎるよ、もっとスピード落として」
俺「大丈夫だって、対向車も来てないんだしさ」
彼女「うん……じゃあ…信じてるよ」

そう言うと彼女は俺の腰辺りに手を持ってきた。
やっぱり怖いのだろう、彼女の手は微かに震えていた。
そして暫く走っていると、何か異変を感じて彼女が言ってきた。

彼女「ねぇ…後ろの車……変じゃない?」
俺「え? 後ろの車…?」
彼女「そう……だって……どんどん近づいてきてるよ…?」

彼女に言われ、バックミラーを見ると、確かに近づいていた。
運転に集中していて気付かなかったが、明らかにさっきより近づいている。

彼女「やだ…なんか怖いよ……もしかして怖い人たちかな…?」
俺「ま、まさか……」
彼女「ちょ、ちょっと……まだ近づいてくるよ…!?」

後ろの車はまだ近づいてきていた。
車間距離はもう10メートルも無いだろう。
この速度でこれだけの車間距離は、かなり危険だ。
俺ももう80キロ近く出している。
これで遅いからと言って煽ってくるなんて考えにくい。
もしかすると、本当に怖い人たちなのだろうか…。
そう思うと、いよいよ心拍数が上がってきた。
そして俺が恐怖に駆られていると、後続車はあろうことか対向車線をはみ出して抜かそうとしてきた。

俺「ちょっ、ちょっと待てよ…! こんな速度で抜かすつもりか!?」
彼女「やだ、怖いよ怖いよ!!」

反対車線に入った後続車は、ぐんぐんスピードを上げて俺たちを抜いていく。
その姿を俺は顔を横に向け確認した。
するとそこに乗っていたのは……俺より一回りくらい年上の男だった。
無表情だったその男は、俺とすれ違う直前に急にこちらを向いたかと思うと、笑みを浮かべて会釈した。
と、その瞬間、俺の背筋は凍りついた
なんなんだあれは……こんな場所をあんなスピードで追い抜いて、そしてお礼を言う。
今まで経験したことの無いドライバーに、俺はなんだか恐怖を覚えた。
ぼんやりとした光の中に、浮かんだ青白い色がかったあの笑み。
心からの笑みでも、愛想笑いでも無い、不気味な笑み。
俺への嘲笑なのだろうか。
俺がそう思っていると、白いクラウンは走り抜けていった。
対向車線を、猛スピードで…。

俺「な、何なんだよあれは……」
彼女「もうやだ! 何あの人!?」

俺たちはすっかり消沈してしまっていた。
恐ろしさや腹立たしさではなく、不気味さを俺たちは感じていた。
そして走り抜けていった後続車は、対向車線を走り続けている。
いくら対向車がいないからって、無謀運転も甚だしい。
俺たちはその後は、ずっと対向車線を走る後続車に目を奪われていた。
何故か、その車は俺達の50メートル程先を同じ速度で走っている。
まるで俺たちにその存在を示すかのように…。
そして、もうすぐ樹海を抜けるという丁度その時!
対向車線から対向車がやってきた!

俺「あ、危ない!!」
彼女「きゃー、ぶつかるよー!!」

俺たちはその瞬間、目を瞑った。
悲惨な光景を見ないように。
反射的に。


……が、音がしなかった。
いくらカーステレオをかけているからとは言え、あの距離で衝突音が聴こえないのはおかしい。
俺は徐に目を開けた。
すると……横を対向車が一台、駆け抜けていった…。
何が起こったのか理解できず、目の前を見ると……先ほどの後続車は消えていた…。
衝突したわけでも、車線を変更して避けたわけでもない。
俺達の目の前からすっかり姿を消していたのだ…。
目の前を俺の車のヘッドライトが森に敷かれたアスファルトを照らしているだけだった…。
あの距離であの時間で急に走っている車が姿を消すことは有り得ない。
俺たちは、有り得ないものを見てしまったのだ…。
そして、俺たちは無言のまま看板のライトと街灯の道を進んで帰路に着いた…。


 あれは霊の仕業だった。
この場所で猛スピードで走っていて操作を誤り亡くなったのだという。
35歳の子持ちの男性。
残された家族が、今でも悲しみに暮れていることだろう。
何をそんなに急いでいたのかは分からない。
車を急がせること、それは即ち死に急ぐことになるということを、あの男性は教えたかったのかもしれない…。








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