エレベーターの住人


 エレベーターに乗り込むと、そこには三人乗っていた。
一人は若いエレベーターガールで一人はスーツを着たサラリーマン風の男。
そして気品漂う着物の老婆が一人。
俺は肩身を寄せて扉横の隅に立つ。

エレベーターの中。
そこは、閉鎖された密室。
一度停電か何かで停まってしまえば、外界から孤立した孤島と化す。
俺はそんなエレベーターが嫌いだった。

 コオオオと低い音を立ててエレベーターが上がってゆく。
密室に、エレベーターの動く音だけ、沈黙を破って聴こえてくる。
その最中にサラリーマン風の男が何度か咳払いをする。
と、俺はあることに気が付いた。
俺が乗り込んだ時には屋上階のボタンだけ押されていた。
けれどもここは何十年も前に建てられた古い百貨店。
屋上にあるといえばそれこそ古びた園地があるだけだ。
今時の子供でも好んで行きたがる子は少ないのではないだろうか。
そんなところへこの三人は行くのだろうか。
エレベーターガールは抜きにしても、サラリーマン風の男が行くのは不自然だ。
老婆は孫が屋上で遊んでいると考えられるが、矢張りこの男はおかしい。
いでたちはスーツにネクタイ、通勤カバン。
仕事帰りに子供を迎えに行くとでもいうのだろうか。
俺は気になってその男に聞いてみた。

「あの、何階でしょうか?」
男「・・・・・・」

柔らかく聞いたつもりだったが、男は俺をムスッと見つめて黙っている。
エレベーターガールや老婆も俺を静かに見つめている。

「屋上ですか?」

また聞いてみる。
しかし、男は相変らず黙っている。
その態度に俺は些か腹が立ったが、黙って扉のほうを向いた。
すると、すぐに背中から老婆の声が聞こえた。

老婆「あの〜、お買い物ですか・・・?」

いきなりのことで背筋がゾッとした。
俺は振り向いて答える。

「はい、ちょっと買い物に・・・」

百貨店にいるのだから普通分かるだろう。
これが旅行へ行くように見えるか、とか聞いてやりたかったが堪えた。
そして俺が軽く溜息をついたその瞬間、エレベーターが急に停まった。

「あ、あれ? 停電か?」

そう口にしたものの、電気はちゃんとついている。
只単に故障しただけのようだった。
しかし、恐れていた事態が起きてしまった・・・。

「なんだよ、こんな時に故障かよ・・・」

俺はイライラしながら待っていた。
バイト前にちょっと時間が空いたから時間つぶしにこの百貨店に入った。
ついでに無くなりかけていたシャーペンの芯や修正液といった文具を買おうとエレベーターに乗った。
あと二階で文具売り場に着く、というところでこのエレベーターが停止してしまったのだ。
しかし、いくら待ってもエレベーターガールが対応する様子は無い。
エレベーターガールであれば乗客を落ち着かせたり警備室に通報したりするもんだが。
俺はこのエレベーターガールを見てみる。
しかし、この女は慌てる様子もなく、ただじっと俺の目を見つめていた。
そのあまりの不遜な態度に俺は声を荒げて言ってやった。

「おい、エレベーター停まったじゃねえか。 故障なのか?」

しかし、女はじっと俺の目を見つめたまま何も言わない。
女だけではない。
男や老婆までも、俺の荒い言動を蔑むかのように見つめている。
その只ならぬ異様な空気に、俺は一瞬たじろぎながらも更に女に言い寄る。

「何か答えろよ。 こういう時にエレベーターガールが何とかするんじゃないのか!?」

いまにもその襟首を掴みかかりそうになった瞬間、女は小さく呟いた。

女「わたし・・・エレベーターガールじゃありません・・・」
「何だって? じゃあその格好は何なんだよ!」

そう、確かに女はエレベーターガールの格好をしている。
この姿を見れば100人中100人がエレベーターガールだと思うだろう。
と、女は答えた。

女「エレベーターガールだったんです・・・わたし」
「は?」

俺は一瞬この女の言ってることが理解できなかった。
が、その矛盾に気付き牙を剥いた。

「やっぱエレベーターガールなんじゃねぇかよ。」

そう言うと女は俯き、緩やかな口調で言った。

女「いいえ、今はもう違います・・・。」
「今は違う? ・・・じゃあなんでこんな所にいるんだ?」

意味不明なことを言うこの女に呆れながらも問いただす。
そんなやり取りをしていると、横から老婆がゆっくりと口を開く。

老婆「若いお方や、そんなに急いでどうするというのです。」

今度は老婆が変なことを言い出した。

「こんな所に閉じ込められて落ち着いていられるか。」
老婆「急いでも急がなくてもいずれ皆死ぬんじゃ。」

その老婆の心悸の揺らぐような言葉に、俺は言い返せなかった。
三人の冷めた視線といい、異様な話の内容といい、これは流石におかしいと思った。
こいつらは普通の人間じゃない。
怪物か、妖怪か、魍魎か。
それとも狐か狸に化かされてるのかもしれない。
しかしどうもイマイチ信じられない俺はハッとして天井や扉の隙間を見た。
これはドッキリなのではないかと思ったのだ。
と、天井の隅に、一機のカメラが設置してあった。
でもあれは監視カメラっぽいが・・・。
そう思わせてドッキリ用のカメラの可能性もある。
俺は3人を押しのけてそのカメラを調べた。
真下から見た限りでは矢張り監視カメラっぽいが・・・。
と、その瞬間、エレベーター内に声が響いた。

声「大丈夫か〜! おい、返事しろ!!」

それは緊急通用マイクから聴こえた。
助けが来たと思って俺はそのマイクにかぶりつく。

「おい、早くここから出してくれよ!」
声「あ、大丈夫か!? もうすぐ助けに行くからもう少し待ってろ!」

一刻も早くこの奇妙な3人から離れたくて必死に助けに縋った。

「俺の他にも3人いるんだ。 だから早くしてくれ」
声「はい?」
「だから俺の他にも3人いるんだよ」

奇妙な3人から少しでも早く離れたかった俺だったので必死に助けを求めた。
しかし、マイクからの返答は予期せぬものだった。

声「あの〜、こちら警備室のモニターからそちらのエレベーターの様子を見ておりますが・・・。
  あなた以外の人は確認できませんが・・・。

その時、俺は何を言ってるのか理解できなかった。

「いや、俺の後ろに3人立ってるだろ? カメラの死角になってないはずだぞ」

俺は後ろの3人を見ながらマイクに話しかける。
すると、微動だにしない3人の冷たい視線を受ける。
凍りついた、寒い瞳だった。

声「はい、死角はありません。
  そのエレベーターには、あなた以外、誰も乗っていませんよ・・・」

その瞬間、背筋がぞっとした。

「ま、まさか・・・この3人が見えないっていうのか・・・?」
声「落ち着いてください。 そのエレベーターにはあなた一人しかいません」
「そ、そんな・・・」

夢か、幻か・・・。
じゃあ今俺が見ているこいつらは何なんだ?
この、死んだ瞳でこちらを見つめるこの3人は何なんだ??
煌びやかな着物の老婆にスーツを来た男、それにエレベーターガール姿の女・・・。
まさかと思いながらもう一度よく見てみると・・・
3人は、一斉に笑みを浮かべる・・・
余りに怖くなった俺は隅にうずくまり叫ぶ。

「助けてくれーー!! 早く!早く助けてくれーーーーー!!!」

ぶるぶる体を震わせていると、肩にスーっと皺の寄った手が伸びてきた・・・。

「ひっ!! く、来るな!!」

わなわなと震える俺の肩を掴むのが分かった。
俺は必死で頭を抱えていた。
もう頭の中が沸々と起こる恐怖で一杯だった。
そんな俺に、その手の主はそっと呟いた。

老婆「ふふ・・・若いお方や、そんなに恐るることは無い」
「や、やめろ! 寄るな!!」
老婆「あなたのような人を呪ったりはせん・・・安心しなされ」

手の主はそう呟くとそっと手を引いた。
それから暫く隅で震えているとエレベーターの外でゴオッと大きな音のするのが聴こえた。
その轟音にハッとした俺は、ついに助けが来たことを理解した。
そとから小さな助け声が聞こえてくる。
俺は恐る恐る後ろを振り返る。
と、そこには・・・

なにもなかった・・・

狭い密室空間には、先ほどまでいたはずの老婆たちの姿は見えない。
只天井の照明が空を照らしているだけである。
俺はその場に呆然として力なく体を倒した・・・


それからすぐに俺は助け出された。
警備員やエレベーター会社の人に担がれて漸く外に出た。
そしてエレベーターの中で起きた出来事を話した。
当然俺の見た3人のことも話したが、相手にされない。
エレベーターが停まるとパニック状態に陥って幻覚を見る人がよくいるそうだ。
しかし、あれは幻覚なんかではない。
俺の肩を掴んだ手は確かに人間のものであった、はずである。
体温は感じなかった・・・。
無機質な柔らかい物質が触れた感触だった。

その後、正気の無くなった体を引きずってその場を立ち去った。
流石にもうエレベーターは使う気になれなかったので階段で1階まで降りる。
もうバイトなんかも行く気はなかった。
ゆっくりと、力なく階段を下りて1階に辿り着いた。
と、同時に、エレベーターの修理が終えたのか、関係者が例のエレベーターから降りてきた。
そして俺は何気なくそっちを見るとなんと・・・

エレベーターの奥で例の、3人がこちらを見て微笑んでいた・・・

その瞬間、俺は凍りついた。


あれは霊だった。
後から聞いた話だが、昔、あのエレベーターで亡くなったらしい。
旧式のエレベーターだったので何らかの故障でエレベーターが落下してしまったという。
そこに乗っていたのが老婆と背広を着た男性、そしてエレベーターガールだった。
そして彼らはずっと成仏できずに彷徨っていたんだろう。
俺が、たまたま霊感が強かったからか、俺に出会ったら彼らは無事成仏した。
その辺は俺にも分からないが、何故か、俺の何かが彼らを安心させることができたのだ。
そして、俺は彼らの冥福を祈った・・・。
もう二度と、この世に現れぬように。
そして二度と、あの悲惨な事故が起きないように・・・・・・。







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