走れない…
〜終焉編〜


 息を吹き返すように、沙耶は体を起こした。
その様子に、私たちは一斉に声を上げた。

美子「さ…沙耶…!?」
加奈子「沙耶!!」
沙耶「……え…?」

沙耶は何があったのか分からないように辺りを見回した。
私は沙耶の背中をさすってあげた。
そして、力が抜けた沙耶を美恵と二人で立たせてあげる。

沙耶「みんな……私…」
私「うん……霊に憑かれてたんだよ」
沙耶「えっ…!?」

それを聞いた沙耶は、俯いて黙ってしまった。
そして沙耶の体を支えながら、私たちは放射線治療室を後にした。

その後は、暫く誰も喋ろうとはしなかった。
真っ暗な廊下を歩き、出口を目指す。
最初に通ったはずの廊下が、とても長く感じられた。
途中何度も霊の声が聞こえたような幻聴をも覚えた。
あんなことがあってからは恐怖というよりは憔悴しきってしまった感がある。
黙って歩いていると、最初に入ってきた入り口が見えた。
これで終わる…私さえもそう思っていたのだから、みんなもそう思っていたことと思う。
各々がこんな所へ興味本位で来たことを後悔しながら、廃病院から出た。


月夜の眩しい夜空だった。
青白いその光が、私たちを癒すように迎えていた。
私たちはすぐに車に乗り込むと、車を発車させた。
車のエンジン音が、とても温かだった。
車の中でも廃病院のある森を抜けるまで誰も口を開かなかった。
そして、廃病院も見えなくなった頃、堰を切ったように沙耶が言った。

沙耶「ごめんね…みんな……」
美子「何言ってるの。 沙耶は何も悪いことしてないじゃん?」
沙耶「でも…みんなに迷惑かけちゃって……」
加奈子「迷惑? 沙耶は何にも迷惑なんてかけてないよ」
沙耶「そうかもしれないけど…私の所為でみんなを怖い思いさせちゃって…」
私「沙耶、もうそんなこと言わないで。 沙耶は何も悪くない、これだけは分かって」

沙耶「うん……」

私が強く言うとそれから沙耶は何も言わなくなった。
あれは沙耶が悪いんじゃない、誰もがわかっていたことだった。
その後、山を下り街の灯りが見えてきた。
その灯りを見るなり、私たちはやっと心を落ち着かせることができた。
初めて行った廃墟で初めて経験した霊との遭遇。
思わぬ遭遇の仕方だったけど、それは私たちの軽率さが浮き彫りになった結果だった。
興味本位で真夜中に廃病院を訪れる、そんな愚かなことをすれば霊たちも怒るのは当然のことだ。
彼らは何十年という歳月が経っても未だ成仏できない霊たちだ。
そんな彼らを挑発するように、夜中にあんな所を訪れるなんて、本当に愚かだったと思う。
言いだしっぺの私が、今回一番反省すべきなのである。
もう二度と真夜中に廃墟を訪れるような真似はしない。
あんなことがもう二度と起きないように…。
でも私は廃墟が好きだ。
なので廃墟を訪れない、とまでは宣言できない。
恐らくこれからも様々な廃墟を昼間訪れていくかと思う。
そんな時は、そこにいる住人にちゃんと敬いの心で許可を貰ってから探索していく所存である。
またこのメンバーで、たくさんの廃墟を訪れていきたいと思っている私がいる。
気付けばもう、集合場所だった日比谷公園近くまで来ていた。
そして私たちは、各々帰途に着いたのだった。


 あれから2週間後のこと。
私はこの前の廃病院での出来事が忘れられず、図書館やインターネットで色々調べてみた。
すると、ある新聞記事を見つけた。
そこから次々と事実が浮上してきたのだ。
あの廃病院ではその昔、当時の最先端治療の放射線治療を行う数少ない病院だったという。
何故山奥にあるのかというと地理的や立地的な関係でどうしても麓の町の病院に行けない人がいたという。
その人々のためと、あと隔離施設としても使われたのが山奥に造られた要因らしい。
そして……ある日あの病院に運ばれてきた小さな男の子がいた。
その子は交通事故で全身に大怪我を負ってしまっていた。
一命は取り留めたものの、脚の怪我がひどく両足切断を余儀なくされてしまったという。
そして手術に取り掛かったのだが、医者のミスで出血多量により命を落としてしまったのだ。
当時の杜撰な医療のあり方が、医療ミスという結果を出してしまった。
そんな悲劇の男の子の霊が、あの病院には夜な夜な現れると地元の人の間で囁かれているという。
その男の子の霊だけではない、当時の病院で不運な最期を迎えた人々の霊が今も彷徨っているのだ。
あの、沙耶にとり憑いた霊は、その男の子だったのかもしれない。
その場から一歩も動くことなく、こちらをじっと見つめていたあの顔。
沙耶を通して、私たちに何かを訴えかけていたのかもしれない。
惨めな最期を迎え、霊になっても脚を失ったままの今を私たちに伝えたくて。
二度と、走れなくなったその苦痛を訴えるように…。
そしてあそこで撮った写真のフィルムは、現像せずにそのままお寺で供養してもらった。
あの廃病院に彷徨う無数の未成仏霊たちが、安らかに眠れるように……。







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呪詛編
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