走れない…
〜浄霊編〜


 沙耶のその瞳は、恨みの眼だった。
私たちは沙耶、いや、沙耶に憑依した何かに怯え、治療室を出た。
美子や加奈子は叫喚し我を忘れて走っていってしまった。
残された私と美恵は、何とか平静を保つことができた。
今パニックに陥ってもどうしょうもないことは分かっていた。
実際にあの沙耶を目の当たりにして平然としていられるほど私たちは強くない。
息が荒れ、心臓がバクバクいってその様が如実に現れている。
けれども、私の頭の中はしっかりしていた。
目の前の闇に現れたのが、友達の沙耶だと分かっても…。

美恵「どうしよう……沙耶が…沙耶が……」
私「落ち着いて。 今は先に行った2人を捜しましょう。」

もう散々だった…。
沙耶が居なくなったと思ったら何かに憑依されて。
今度はそれに驚いた2人がはぐれちゃって…。
私はこんな所に来たことを後悔していた。
今回のこの廃墟へ来ようと言ったのは私だった。
まさかこんなことになるとは……。
一応ある程度の装備はして来たけれどまさか本当に憑依されるなんて…。
私が後悔の念に苛まれている時だった。

美恵「ねぇ……あれって…美子と加奈子じゃない?」
私「え…?」

美恵の指差した方向を見ると、闇の奥で彷徨している美子と加奈子を見つけた。
1階の、最初に変な声を聞いた霊安室の辺りだった。

私「美子〜! 加奈子〜!」
加奈子「あっ……理沙!!」
美子「よ、よかった〜……」

私たちに気付いた2人は、嬉しそうに駆け寄ってくる。

私「良かった……もうすぐ走って逃げちゃうんだもん」
加奈子「だって沙耶が……」
美子「そうそう……沙耶…は…?」

2人は沙耶を心配していた。
勿論私と美恵も心配している。
今度は沙耶をどうやって助けようか考えるところだ。
br> 私「沙耶はまだ地下室にいるみたい。」
美恵「でも何かに憑依されてるみたいで…」
美子「やっぱり……」
加奈子「どうする…?」
私「とりあえずもう一度沙耶のとこへ行って様子を見よう。」

3人とも私の意見に賛成した。
とは言ったものの、もう一度沙耶の所へ行く勇気は無かった。
けれども、一刻も早く沙耶を助けてあげないと……そう思うといてもたってもいられなかった。
再び地下へとやってくる。
少し口を開いた戸の先の闇が、本当に怖かった。
意を決して中へと入っていく…。
懐中電灯を当てるとそこには……沙耶が立っていた…。
さっきと同じ様に沙耶は力なく目を伏せるように立っていた…。
その姿は怨霊そのものだった…。

美子「さ…沙耶…?」
加奈子「ねえ……どうしたの…沙耶?」

沙耶は返事をしない。
私は私たちと沙耶とを隔てる距離が、恐ろしかった。
その距離を破ったのは、美子だった。

美子「ねぇ…沙耶! どうしちゃったの…!?」

沙耶に駆け寄った美子は、その力無い沙耶の体を揺すった。
沙耶の体がガクガクと揺れる。
すると、沙耶の顔が徐にこちらを向いた。
そこにあったのは、恐ろしく瞳をむいた顔だった。
私たちを睨みつけるその瞳は、悔恨の念を帯びていた。
私たちは愈々恐ろしくなった…。
鋭い眼光が、全く沙耶のものでは無いことは明白だった…。
沙耶は憑かれている…そう確信した。
私はすぐさまリュックの中からライターと松明と清塩、そして紙でできた人形を取り出した。
まさか実際に使うことになるとは思ってもみなかったけど、一応持ってきておいたのだ。

美恵「理沙……それ…」
私「うん…沙耶を助けてあげるの。」
加奈子「えっ! で、でも理沙そんなこと……」
私「やったことないけど……でも今はこれしか助ける方法は無いよ。」

私のすることを、みんなは黙って見守っている。
沙耶は、じっと立ったまま私たちを睨んでいる。
沙耶から離れた美子も今にも泣きそうな顔で私を見守っている。
私自身、浄霊なんて経験は無い。
けれども、心霊番組とかでやってる除霊の真似事をしたことがある。
素人がそういうことをやるのは危険だとも聞いていた。
けれども、どこかで霊、目に見えないものへの憧憬があったのかもしれない。
その興味から事前にインターネットで除霊の仕方を勉強してきた。
一応形式だけはできるかと思う。
今はそれしか無い。
沙耶を助けれるかどうかは、私にかかっている。
私は、松明を燃やした。
静寂の闇の中に、一つの灯火がぼおっと輝いた。
そしてそれを炯炯とした瞳の沙耶の前へかざす。
メラメラと燃える松明に照らされた沙耶の顔は、一層不気味さを増していた。
私はなるべく沙耶の顔を見ないように、浄霊の言葉をかけてゆく。

私「この女子にとり憑きたる悪霊よ、今すぐこの体から出てゆけ。」
私「お前の居るべき場所はここではない。」
私「今すぐ出て行かぬと永遠に成仏できぬぞ。」

私は思いつくままに言葉を紡ぎ出していく。
その言葉に反応したのか、沙耶の体が前後に揺れ始めた。
ゆっくりと、大きく前後に揺れている。
私は続けた。

私「苦しいか? 成仏できぬとずっと苦しいままだぞ。」
私「今すぐここから出て行くというなら成仏させてやる。」
私「今からこの人形に憑依するがよい。」
私「さすれば松明の炎で成仏させてやる。 さあ、乗り移れ!」

私がそう叫ぶと、沙耶の体が大きく揺れたと思うと沙耶はその場に倒れた。
3人が沙耶の体を起こす。
そして紙人形が、ゆらりと揺れた。
私はすぐさまその紙人形を松明の炎で燃やすと、清め塩を撒いた。
4人で沙耶に憑いていた霊の成仏を祈って合掌し終わった時だった。
沙耶がゆっくりと体を起こした…。



霊異編
呪詛編


終焉編へ続く



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