走れない…
〜呪詛編〜


 さっきまで必死の思いで走っていた廊下。
真っ暗で、堪らなく怖くて、寒い廊下。
こんなところにいる自分が、何なのか分からなくなるような闇。
私たちは、各々の懐中電灯を目の前の闇へ向けている。

美子「沙耶〜! どこにいるの〜!?」
私「いたら返事してよ〜沙耶〜!」

広い廃墟内に響く私たちの声と足音。
けれども、闇の向こうからは返事が無い。
私たちはさっきの闇の声ですっかり畏怖に駆り立てられていたが、沙耶のことを思うとじっとしてられない。
沙耶は一人で、この廃墟内にいるのだ。
よっぽど怖い思いをしているのだと思うと、一刻も早く見つけてあげなきゃ可哀想。
私たちは、恐怖を押し殺して叫び続けた。
けれども、何処からも返事は無かった…。

美恵「もしかして、一人で帰っちゃったのかしら…?」
美子「う〜ん、でもそれは無いんじゃない…?」
加奈子「分からないけど、兎に角中を捜してみようよ。」

私たちは廃墟内を歩いていく。
1階の端から端まで歩いて行ってみたが、沙耶がいることは無かった。
何度呼んでも返事は無い。
廃病院とはいえ、声の響くこの中では私たちの声が聞こえないというのも些かおかしい。
私は、一抹の不安を抱きながら沙耶を捜していた。
けれども、1階には沙耶はいる気配は無い。
そして私たちは、エントランスに戻ってきた。

美子「1階にはいなかったね…。 2階へ行ってみる?」
加奈子「うん、行くしかないよ…」

4人は、2階へ行くことにした。
2階へと続いている階段は、所々崩れかけていた。
ただ廃墟になったにしては、コンクリートの階段が崩れるのはおかしい。
階上から降りてくる闇が、私たちの侵入を拒むかのように漂っていた。
先頭に立った私と美恵は、ゆっくりと階段を上っていく。
そして、2階へと上がると、一層不気味さを増したフロアが現れた。
2階の廊下の窓ガラスは、閉ざされていなかったために月明かりが差し込んでいた。
そのぼんやりとした薄明るい光が、むしろ私たちにとっては怖かった。
恐怖心を掻き消すように、私たちは沙耶に呼びかける。
けれども、ここでも返事は無い。
所々に散らばった遺留品の嘆きの声が、聞こえるだけだった。
私たちは途方に暮れ始めていた。

加奈子「どうしよう…沙耶、いないよ?」
美子「もしかして本当に一人で帰っちゃったのかな…?」
私「それは無いんじゃない? だって沙耶は車運転できないし、鍵も持ってないはずだし。
  そもそもこんな山奥で一人で帰るなんて無茶だよ。」
美恵「そうね、沙耶はそんな無茶なことはしないものね…。」
美子「どうしようか…?」
私「怖くなってどこかの部屋に隠れてるのかもしれないよ。」
加奈子「そうだね……一応全部の部屋を見てった方がいいかもね…。」

私たちは、2階の部屋を全部見てゆく。
2階は殆どの部屋が病室のようで、どの部屋にも朽ちたベッドが置かれていた。
中にはカビだらけの布団や、気持ちの悪い虫の湧いている布団も残されていたベッドもあった。
然し、どの部屋を調べても沙耶はいなかった…。
どうしようか、私たちが思案に暮れていると、中央の階段の踊り場に、この病院の地図を見つけた。
私たちはそれを見るなり、一つの結論が出た。

加奈子「地下……。」
美子「間違いなく、ここね…。」
私「それじゃあ、早く行こう。」

みんなは焦っていた。
そこは、放射線治療室と書かれていた。
当時にしては最先端設備が備わっていたであろう治療室は、今となっては危険な部屋となっているはず。
霊への恐怖と、放射能への焦りが、私たちを掻き立てていた。
息を切らすように走り、階段を駆け下り、着いた先は地下の一室。
中央の階段の奥にあり、来た時には気付かなかった地階。
部屋はこの部屋だけのようで、頑丈そうな扉が待ち受けていた。
その金属製の重いドアは微かに開いており、誰かが入ったような形跡があった。
沙耶がここにいると、私たちは確信して、部屋の外から沙耶を呼ぶ。
然し、予想と反して沙耶の声は無かった。
私たちは、その部屋に踏み入ることにした。

ゴゴゴ…

重い音が、地を這う。
そして一斉に、懐中電灯を部屋の中へ向ける。
もうこの暗さには慣れたが、矢張り地下の放射線治療室はどこか雰囲気が違っていた。
ゆっくり、恐る恐る部屋に入ると、中央に置かれた治療台。
私が辺りを見回すために懐中電灯で奥を照らした瞬間!!
私の背筋が凍りついた…。

私「さ…沙耶…?」

それは紛れも無く、沙耶だった。
部屋の奥、一番奥の隅に立っていた。
けれどもそれは、私の知っている沙耶ではなかった…。

美子「さ、沙耶!?」
加奈子「良かった…、ここにいたのね…。」

他の三人は、沙耶に会えたことに安堵して治療台の向かいの沙耶のとこへと走り出そうとする。

私「待って!!」

私は美子の腕を掴み、制止する。
しかし三人は私の制止に当然の如く、驚いていた。

美子「え!? な、何!?」

私は声に出せなかった…。
美子は、一体何で私が止めたのか分からずに私と沙耶とを振り返る。
けれども、次第にその意図が分かったのか、三人とも声を失って行った…。
沙耶の瞳は白目を剥き、口をぽかんと開いて…。
すっかり変わってしまったその沙耶に、私たちは恐怖を覚えた…。
悪い何かが憑依したことは、ここにいる誰の目にも、明らかだったのだ……。


霊異編


浄霊編へ続く





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