白い粉


 俺は大学3年の山下栄二。オカルト好きな変わった大学生だ。
去年の夏、俺は高校の時の友達2人と2泊3日の旅行をした。
同じ高校のPC部に所属していた仲のいい沢渡祐二と岸田純平だ。
旅行も終わり、家路に着く帰り道のこと・・・。
純平が車を運転し、天城峠を越えようという頃にはもうすでに辺りには夕闇が迫っていた。
この辺りには昔から謂れがある。
なんでも、明治時代にとある村の青年が陰険な殺人鬼と化し、村の人々を襲ったとか。
まあでもよくある昔話、今のご時世になってそんな話を信じる人などいるだろうか。
オカルト好きな俺でもこの話は信じてはいない。
伊豆はむかしからよく来ていた土地。俺も殆ど地元の人間と同じようなものだ。
そんな慣れ親しんだ土地にそんな謂れがあることなど信じられないのだ。
この話は俺は敢えて2人には言わなかった。
ところが・・・

「ねぇねぇ、この辺で昔猟奇殺人があったらしいじゃん?」

あろうことか、祐二が何ともタイミングよく切り出した。

「なんだ? 何があったって言うんだ?」
「うん。なんでも明治時代にこの辺の村の青年が陰険な殺人鬼になって村の人々を襲ったとか・・・。」

面白いことに祐二は俺の言ったことと同じこと言ってるし・・・。
『陰険』なんて言葉、よく都合よく重なったものだな〜(笑)

「はは、そんなのあるわけ無いだろ。 あったとしてもどうだって言うんだよ?」
「この道を車で走ってた人が何人も目撃したって言うんだよ・・・。」
「目撃? 何を?」
「その殺人鬼に殺された村人たちの亡霊をだよ・・・。」
「亡霊なんているかよ。 いるんだったら是非お目にかかりたいもんだな。」

俺は祐二と純平のやり取りを面白がりながらも聞いていた。
と、ずっとだんまりを決めていた俺に祐二が話しかけてきた。

「ねぇ、栄ちゃんはどう思う?」
「え? そうだな〜、お前の言うとおりだな。」
「でしょ!? 栄ちゃんも聞いたことあるよね? この話。」
「無い、と言いたいところだが残念ながらあるんだな〜。」
「ほらね、純ちゃんだけだよ、知らないのは。」
「別に仲間はずれでもいいよ〜だ。」
「俺も信じてるわけじゃないぞ、祐二。」
「え? 信じてないの? どうして?」
「どうしてってそりゃあお前・・・。」

辺りはますます暗くなってきた。
もはや車のヘッドライト無しでは10メートル先の物体も見えないだろう。
そんな暗闇が包んだ頃・・・。運転している純平の顔が蒼くなるのが分かった。

「おい、純平、どうした?」
「いや・・・今白いものがふわ〜っと前を横切って行ったんだよ。」
「まさか、そう言って脅かそうなんて甘い甘い。」
「いや、う、ウソじゃない!」

純平はそう叫ぶと、路肩に車を止めた。
その尋常じゃない様子に、流石の俺と祐二も蒼然となった。

「まさか・・・本当に見たのか?」
「ウソじゃないさ。 白い姿の男か女かわかんないのが現れてスーッと消えていった。」
「やっぱりあの話は本当だったんだよ。 だから今もその村人の幽霊が出てるんだ・・・。」
「じゃあ・・・今のは・・・その殺された村人なのか・・・?」
「かもしれないな。 心霊には詳しい俺でも断言はできないけど。」

路肩に車を止めて10分。
何かと見間違ったということもあるので俺たちは霊の消えていった茂みを調べてゆく。

「こんな暗いところでこんなことしてて変に思われないかな?」
「別に大丈夫さ。 誰も気にしちゃいないよ。」

実際、通る車は何の気もなしに俺達の後ろを通過してゆく。

「よかった、ここはどうやら電波が届くようだな。」
「そんなに心配か? まあさっきのも何かの見間違いってことも・・・。」
「違う! さっきのは見間違いなんかじゃない!!」
「純ちゃんは最初全然信じてなかったくせに。」
「あんなもん見たら誰だって信じちまうって。」

それから暫く周囲を探索してみたが、特にこれといったものは見つからなかった。

「結局何も見つからなかったね。」
「やっぱあれは幽霊だったんだな。」
「本当に幽霊なのか? なんかまだ信じられないな。」

3人とも車に乗り込み、純平がエンジンを掛ける。

ギギギギギ・・・

「あれ? エンジンが掛からない・・・。」
「え? ウソだろ?」
「ウソなんかじゃないさ、本当に掛からないんだよ。」
「ちょっと待ってよ・・・怖いよ・・・やめてよ・・・。」
「何で掛からないんだ・・・? さっきまで掛かってたのに・・・。」

みんなが静まり返り、ただひたすらエンジンが掛かるのを待っている・・・。
もうすっかり真っ暗になり、ヘッドライトのみが辺りを照らす。
いつしかこの道を通る車も無くなり、辺りに静寂が訪れた。
真夏の山中にただエンジンを掛ける音だけが響き渡る・・・。

バン!!

静寂を打ち破るかのように、何かものすごい轟音が響いた。

「なんだなんだ!?」
「後ろだぞ、今の!」
「後ろ・・・ぎゃーーーーー!!!
うわーーー!!

3人の恐怖の絶叫が轟く。
そこには首があった。
生首が・・・車の後ろから車内を睨むように・・・。
恐らく女のものであるその生首には、体が無い。
叫びながら逃げようとする3人の前を、スゥ〜っと何かが遮った。
その威圧感に、逃げ惑っていた3人が立ち竦む。
凍りつくような空気が辺りを包む。
冷たい、冷酷な生首の瞳が、その遮ったものに向けられる。
白い姿のそれは、生首の体だった・・・。
真っ暗闇にぼやっ〜と仄かに光るその白い体は、嘗ての女のものだった。
その白い体の下には、アスファルトに輝く白い粉が見えた。
融解してゆくかのようなその白い粉は、生首の体から零れている。
実体を持たない幽体が、具現化して現れた証なのだろうか。
その積もり行く白い粉を、俺達は呆然と見詰めていた。
恐怖に駆り立てられていた俺達は、いつしか不思議な感覚に襲われていた。
怖い、というよりも嘗て行われたであろう凄惨な悲劇に憐憫を感じていた。
その目の前に現れた首を斬られた女性に、同情していたのだった。
すると、その女性の霊は、スゥーっと宙に溶けて消えていった。
白い粉だけを残して・・・。
俺達は暫くその場を動けなかったが、その女性の生きた証を、ハンカチに包んで持って帰った。

 次の日、再び天城峠を訪れた俺達は、その女性の供養のために華と線香、そして白い粉を供えた
白い粉は、ぱっと見は清め塩にも見えるが、これは確かにあの女性の生きた証。
合掌し、女性と他の犠牲者達の成仏を祈る。
爽やかな夏の真昼は、嘗ての空気と同じ空気であろう。

 去年は供養だけだったが、今年は簡単に墓石を立て、死者の魂を弔う予定だ。
今まさに、出発の時・・・。

「お〜い、栄二、行くぞ〜!」
「栄ちゃ〜ん、そこのお華、持ってきてね〜。」
「お〜う!」

晴れた夏空に、白い雲が一つ、流れてゆく・・・。








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送